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ギャラリー&インテリア 美卯 〜つれづれに〜

「健康で、無駄がなく、真面目で、威張らない」

[ 2018-08-20 16:23 ]

連日の炎暑が嘘のように落ち着いているこの数日、このまま穏やかな秋になって欲しいものですね、美卯オーナーです。


民藝を表すのに「用の美」という言葉がよく用いられますが、この言葉にはさらに説明が必要になってしまいます。

聴いた方がそのまま理解できるのは倉敷民藝館の元館長・外村吉之介(とのむらきちのすけ)が民藝の精神を説いた

健康で、無駄がなく真面目で、威張らない

という言葉ではないでしょうか。

外村先生は民藝の手仕事はこの精神の元になされるとされましたが、民藝と共に歩む人の生き方も示唆されているように思います。

日々の中でついつい自分という器の中を自我で一杯にして傲慢になりがちな私には「真面目で威張らない」という言葉が心に深く落ちてきます。

民藝の手仕事から生まれた品々を日常に使うことを通じて、日々我を省み毎日を謙虚に過ごしていきたいものです。

あなたはアームレス派?それとも・・・

[ 2018-06-30 15:55 ]

気が付けば2018年も折り返し地点!!!あっという間の半年間でしたね。
関東では観測史上初の6月の梅雨明けとか?自然界も人間界も荒々しく事柄がてんこ盛りでフォローしきれない、お久しぶり美卯オーナーです(-_-;)

さて、 美卯一番のお勧めアイテムは松本民芸家具の手仕事で作られた椅子の数々ですが、デザインはじめサイズなどお使いになる方のライフスタイルにあった椅子をお客様とお話しながらアドバイスさせて頂いています。

私はお客様にお勧めする際には現在の椅子の使い方のみならず、数十年後のライフスタイルを見通してご提案します。
なぜなら、松本民芸家具の椅子は「一生ものの椅子」だからです。

丈夫で飽きのこないデザインの松本民芸家具は一度ご購入されれば、お使いになる方、ご家族ととても長いお付き合いになります。ですから若人から年齢を重ねられた方も快適にお使いになれるようご一緒に考えたいと思います。

そこでまず一番簡単なポイントとして、腕を置くアーム付とアームのない椅子、どちらを選びますか?という事。
(写真左#72リーチ型チェア  写真右#85リーチ型アームチェア アーム有無の類似型製品有)

一般にダイニングチェアなどは立ち座りが多いためアームレス椅子の方が立ち座りに邪魔にならないからと選ばれます。
それはそれでよいのですが、年を重ねご高齢になるとアームが付いていた方が支えとなって立ち座りが安全になります。

勿論お使いになる方の用途やお好みでお気に入りの一脚をお選び下さい。何よりも大切なのは愛着の持てる椅子をお選び頂けることです。

住宅の欧風化と共に椅子は日本人の生活になくてはならない“伴”となりました。
人生の良き伴侶としてのあなただけの椅子を見つけに美卯へご来店お待ちしております。

松本民芸家具ラインナップ掲載しました。

[ 2018-05-28 16:37 ]

心地よい五月からしっとり梅雨の六月へ、季節が移りますね、美卯オーナーです。



さて、松本民芸家具には2000ほどのアイテムがラインアップされていますが、
その中で選りすぐりの代表的な製品をこの度美卯のHPに掲載いたしました。
椅子からテーブル、食器棚をはじめとする箱ものなど、多彩な美しい松本民芸家具の
数々をまずはホームページでお楽しみ下さい。
http://www.miu138.jp/lineup/lineup_category/matsumin/

掲載された他にも豊富なデザイン、サイズがございます。

また、これらの家具を基本にしてお客様オリジナルの松本民芸家具をお造りすることができます。
美卯のインテリアコーディネーターがデザインのお手伝いをいたしますのでお気軽にお問合せ下さい。

勿論、美卯へご来店いただいて松本民芸家具の材質、品質、技術をご自身の五感で体感して頂きたいと存じますので
皆様のご来店をお待ちしております。

美は超越す2

[ 2018-05-18 16:10 ]

まだ5月というのに、蒸し蒸しとした毎日が続いている尾張国一宮より美卯オーナーです。



”民藝”とは、この頃ではライフスタイルデザインの一ジャンルと見られがちのの様ですね。
作り手である職人さんに光が当たるのはとても喜ばしいし、応援して下さる方が増えているのはとても素晴らしい事ですが、その一方でもっと民藝の歴史、特に創始者である柳宗悦師を知って欲しいともつい思ってしまいます。

柳の人生は明治から太平洋戦争を経て昭和の中期までと、日本近代化の激流の中にありました。
日本陸軍高官の子息でありながら自由闊達、思想家であり、様々な分野において現場第一主義の研究者であったと思います。

余りに幅広い研究対象と近代化により整備されつつあった交通網を駆使しての国内外への美を求める旅の数々、そのパワフルな行動力に驚かされます。今民藝の品として目に触れる伝統工芸のほとんどは柳が各地を駆け回って見つけた手仕事からつくられています。―とはいえ当時のアナログな交通手段を考えるとその苦労は想像を絶します。

数々の豊富なエピソードを持つ柳ですが、私にとって何よりも注目するのは柳にとっての「美」とはどういう存在だったかについて―(でもこの辺りは抽象的で説明辛いところ―)です。

柳宗悦という方にはかなり超越した部分があって、偏見とか差別意識が薄く、戦前の一般日本人がひどく差別していた朝鮮、沖縄(琉球)、アイヌ、台湾の美しい文化を評価。直観的に見てどんな背景を持っていて誰が、どこで作ったとしても美しいものは美しいのだという揺るぎない信念を持っていたようです。
何と言っても民藝運動のはじまりが柳と朝鮮の名もない陶工たちがつくった朝鮮雑器との出会いだったことがとても象徴的。

このように柳は多文化、民族の共生を訴え多様性の価値を『複合の美の平和思想』として説きました。
帝国主義の日本帝国は植民地では現地の人々に生活、文化において日本への同化政策を取っており、こうした柳の言動はとても勇気のいる事でした。

柳は非暴力重視であり、インドのガンジーやクエーカー教徒の絶対平和主義に共感していたともいいます。
「美」というソフトパワーとしての文化の力を駆使して世界を弱者にもやさしい平和な社会を実現したい、そして中でも優れた手仕事により生まれた美にこそその力が宿っていると確信したのではないでしょうか。

美は超越す1

[ 2018-05-14 15:44 ]

奄美大島編に入った大河ドラマ『西郷どん』に映る美しいアマミンブルーに悩殺され旅情が募って、美卯オーナーです。

我が家には古い薩摩焼の徳利があり、父が鹿児島出身の親友から贈られ大切にしています。
とても気の良い優しい大切な友人でしたが、ただ一つ父が哀しく思う言動がありました。
それは薩摩藩が被支配していた沖縄をはじめとした島人に対するびっくりするような差別感情の強さです。

父は長野県松本市にある学校に進学して民藝運動に出会い、松本民芸家具創業者の池田三四郎氏の元で民藝の美について学びました。
ですから、若いうちから沖縄(琉球)文化の素晴らしさを見聞きしていたので、友人の偏見を残念に思ったのです。
そんな父は、私の成人式の振袖は沖縄の紅型にすると言って絶対譲りませんでした(私は別のを選んだのですが^^;)

でも、その出来事が切っ掛けで私も沖縄の工芸に興味を持ち、20代の頃一人旅で紅型やガラス工房を巡った事があります。
ただ、その頃は全然知識がない頃だったので不完全燃焼に。今ならちょっとは熟成出来たようなのでまた改めて時間をかけて巡ってみたいと思っていますが―。(大人になると時間と体力がないものですね・・・^^;)
加えて奄美大島には大島紬があるので、自然と共に物凄く心惹かれます。もっと織物の基礎を学んだら是非行ってみたいですね。

織物や焼物などの工芸をはじめ、唄と踊りなどといった芸能を含めて世界中の営みに“美”は溢れ、それのどれに優劣をつけることができません。
その事に日本人でもっとも早くに気づいたのが民藝運動の創始者・柳宗悦師ではなかったかと思うのです。

 

[ 2018-04-30 15:27 ]

日本中GW真っ只中ですね、お出掛け日和でもあり皆様如何お過ごしでしょうか?美卯オーナーです。
去年の秋より度々ブログやFBページにてご紹介させて頂いてますが、手機織りを習い始めました。

きっかけの一つは松本民芸館にて当館を開かれた丸山太郎氏が作られた卵の殻を材料とする螺鈿細工を見たことです。

丸山氏は松本市にあるちきりや工芸店のオーナーとしても知られていますが、民藝品を収集したり、商うだけでなく、よりその神髄に近づくためには自らも手しごとに親しむ道を選ばれたことを知り、私も何かモノづくりをしてみたくなりました。

一方、私の地元一宮市は昔から紡績で知られた街であり、その方面に関る友人知人たちの話から織物に興味をひかれていて、いつかは自分も布を織ってみたいと・・・。

そしたら「念ずれば通ず」でしょうか?知人宅にある元織物工場であったのこぎり屋根工場跡に手織機を持ち込んで手織物教室を始めることになり、すぐに参加させてもらいました。

まだ初歩も初歩で思いもよらない糸の性質に翻弄されながら自らの手でモノを生み出す醍醐味の一端を愉しんでいます。
50の手習いですが、頑張ります!(^^ゞ

 

 

伝統技術を引き継ぐために

[ 2018-02-24 17:24 ]

 尾張地方は寒さの底を漸く抜け出したようで日中はとても過ごしやすくなってきました、美卯オーナーです。

 最近時々耳にする話題として「2025年危機」というのがあります。
経済産業省によると団塊世代の大量引退時期が迫り日本の中小企業の3社に1社、127万社が2025年頃にはに廃業の可能性があるというもの。
雇用650万人、GDP22兆円が消失する可能性があるといいます。しかもそのうちの約半数が黒字企業とも、、、。

工芸の世界でも久しく後継者不足の問題が語られ、既にいくつかの伝統技術が失われていきました。
今回の経産省の問題提起でも特に歴史ある老舗企業、日本の工芸品を作り続けてきた伝統企業が多く含まれています。

技術者(職人)、中小企業どちらも血縁による継承が難しい時代。
ならばどうするか?ということで、企業ならM&A(合併・買収)など考えられ、またそこまで大がかりでなくとも第三者が継承出来るような仕組みづくりなど、国も今までは“創業”を後押しする政策でしたが、これからは今ある優良な事業所の事業継承に注力する方向になるとかー。

ですが、伝統工芸の世界を永年みてこられた方々ほどそれはなかなか容易でない事と思われるでしょう。
伝統、技術を伝えるには時間と手間がかかります我が子でも難しいのに他人では尚更、、、。
でも、若者のなかにはチャンスがあればそういった伝統工芸の世界に飛び込んでいきたいという方たちも少なからず存在するのも事実。

ならばそういった「第三者」が修行して、学ぶための経済的な後押しになる制度など、技術も継承できる仕組みづくりを今からでも整備して、モノづくりの先輩方が後継者を諦めないで未来に希望を繋げられるようになればと願います。



七草粥

[ 2018-01-07 14:48 ]

 新年を迎えて早7日、お正月の行事も一段落といったところですね。
美卯オーナーです。

 今日は正月7日なので、七草粥を焚きました。
ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ、せり、なずな―♪

この日七草粥を食べるのは、正月のご馳走でオーバーワークな労わるためと言われています。
そのいわれの通りか、厳寒のせいか胃腸が弱り気味なのでとても美味しく頂きました。
この習わしもまた毎年の楽しみなのですが、今年も無事迎えられて心より感謝です。

そして、こうしたちょっとした汁物のお料理に便利で、中身をより素敵にみせてくれるのが、この小鹿焼の器です。
“コロンッ!”としていて掌にスッポリ収まってかわいらしいのも大好きな理由。感触がとてもイイんです♡

今年もお気に入りの器で毎日を楽しみたいと思います☺

2017年はシンギュラーポイント?

[ 2017-12-02 18:22 ]

 とうとう12月、今年もアッという間に過ぎ去っていきそうです、美卯オーナーです。
とはいえ、今年もいろいろありました。まだゆとりのあるうちに少しとりまとめていきたいかな~と。

2017年は公私にわたりターニングポイントになる事象が多岐の方面であったように思います。
こういう時期の事をシンギュラーポイント(=分岐点、特異点)と呼び、後年あれが節目だったといわれることがあります。

もう後戻りのできない、新しい次元へ移行して社会が急激に変化するため、大きな価値観の転換(パラダイムシフト)がおきるとも、、、。

それは人の世に限った事ではなく、自然界でも極端な気候変動が連続して誰の目にも明らかな変化が起きています。
人間も自然の一部と考えれば人間の社会と自然界の動きが連動するのは当たり前の事かもしれません。

、、、と前置きがながくなりました(^_^;)

私がこの一年感じてきたことは私たちの身近にある全てのモノは自然からのギフトであるということー。
食べ物、着るもの、住むもの全部自然に存在するものを材料に作られています。
ところがそのあって当たり前のように考えられてきたその材料が急速に自然界から消えていっていることをご存知でしょうか?

人間が生きていくための資源は様々にありますが、工業製品の主原料は石油を化学的にいくつもの工程を経て高度に加工された人造品であり、
それに対して民藝品のような手仕事でつくられる品のほとんどは自然界が産んだ状態に近く、その性質を活かした姿をしています。
だからこそ手仕事の世界では自然環境の変化は工業製品より早く直接的に、また目に見える形で影響を受けます。

民芸品の材料である天然素材は自然を相手にする仕事の不安定さから担い手が減少しているという面もありますが、生態系の変化から生産量が激減している材料があり、当店が関係している部分でいえば、ラッシチェアに使用する水草の生産が困難になっています。

加えて近年は日本中、いえ世界中でいつ、どこで気候の激変による災害に見舞われるかわかりません。
残念ながら今年7月には九州北部豪雨によって佐賀県日田市・小鹿田の里が被災。
採土場の崩落、土石流による唐臼(川の流れを使い臼で土を突いて細かくして陶土の原料にする装置)の流出破損といった被害がありました。そんな中現在は復興の工事の傍ら、生産を再開。小鹿田焼に関わる皆様のご尽力には頭が下がるばかりです。

小鹿田焼の里は永きにわたって自然と人間が共生しながら世代を重ね、焼物を生産してきました。
そして今、復興工事にあたっては次の災害に備えることを考えながら進んでいるといいます。

持続可能なモノづくりを目指して自然とどう折り合っていくのか、手仕事においても地球環境という視点は欠くべからざる課題であることを知らしめられた今年一年だったように思います。
(写真は2016年秋小鹿田 唐臼を撮影)



日本民藝館 西館にて

[ 2017-10-26 14:39 ]

 久しぶりのスカッ!!とした青空のもと心地よい風が吹いている尾張一宮より、美卯オーナーです。

 前回お話しましたように、今月は東京駒場にある日本民藝館へ。

民藝館へは何度かお邪魔させて頂いているのですが、今回初めて本館のお向かいに立つ西館を拝観できました。

日本民藝館西館は民藝の創始者である柳宗悦氏の自宅であり、氏が72歳で亡くなるまで暮らした邸宅です。

この西館は栃木県から移築された1880年建造の石屋根の長屋門と、柳氏自身が設計されたという母屋からなっていて、
長屋門をくぐり、広々とした玄関を抜けて1935年に完成したという木造の旧宅にはいると、当時の暮らしぶりを感じることができます。

ここは大都会・渋谷から井の頭線で僅か10分ほどのエリアでありながら緑の多い静かな文教地区であり、それぞれのお部屋とそこからの風景は古き良き時代の日本らしい佇まいを彷彿とさせてくれます。

邸宅の中でやはり一番心惹かれたのは柳宗悦氏の書斎。
部屋の壁面を覆い尽くす書籍の数々に圧倒され、加えて氏が数々の書籍、論文を著した机、その合間に寛いだ椅子がそのままに展示。
ここに座りながら読書をされているスタッフの方にはちょっとジェラシーです☺

また、3人のご子息の中でも長男宗理氏だけ特別な個室が与えられていたのは時代でしょうか?(2男3男は同室とか)(^_^;)

民藝の手仕事そのものの空間はとても心地よい空気が流れていました。

 西館は常設公開ではなく、開館は展覧会開催中の第二水曜日・土曜日と第三水曜日・土曜日の月4日間です。
スケジュールを合わせて頂いてお出掛け下さいね☺