ギャラリー&インテリア MIU 美卯 松本民芸家具・世界の民芸・雑貨ギャラリー&インテリア MIU 美卯 松本民芸家具・世界の民芸・雑貨

ギャラリー&インテリア 美卯 〜つれづれに〜

「健康で、無駄がなく、真面目で、威張らない」

[ 2018-08-20 16:23 ]

連日の炎暑が嘘のように落ち着いているこの数日、このまま穏やかな秋になって欲しいものですね、美卯オーナーです。


民藝を表すのに「用の美」という言葉がよく用いられますが、この言葉にはさらに説明が必要になってしまいます。

聴いた方がそのまま理解できるのは倉敷民藝館の元館長・外村吉之介(とのむらきちのすけ)が民藝の精神を説いた

健康で、無駄がなく真面目で、威張らない

という言葉ではないでしょうか。

外村先生は民藝の手仕事はこの精神の元になされるとされましたが、民藝と共に歩む人の生き方も示唆されているように思います。

日々の中でついつい自分という器の中を自我で一杯にして傲慢になりがちな私には「真面目で威張らない」という言葉が心に深く落ちてきます。

民藝の手仕事から生まれた品々を日常に使うことを通じて、日々我を省み毎日を謙虚に過ごしていきたいものです。

自由研究(^^ゞ

[ 2018-08-19 17:48 ]

夏が~過ぎ~♪ようとしています、少なくとも暦の上ではね、美卯オーナーです。

そろそろ子どもたちも夏休みは総仕上げの頃合いです。
今時は宿題も9月に提出ではなく、出校日毎に提出物の締め切りがあるのだとか―。
私はギリギリまでやらない生徒だったので夏休みの最後はいつも悲惨でした(-_-;)

特に苦手だったのは今でいう自由研究(-_-;)
私の頃、地元公立では「発明工夫展」なるものに出品する作品の製作がお題でしたが、理系でない自分にはとてもハードルが高かった!!!(怨)

我が親も苦手だったのか忙しいからなのか、この課題は全く手伝ってくれなかったようで、小学校6年間どうやってこの課題を切り抜けたのか・・・今では定かではありません・・・。
毎年夏の終わりにはこの年齢になってもこの時の気持ちが蘇ってきます(^^ゞ

そんな子どもの頃を思い出しながらちょっと自然観察を一つ―。
地元で朝食のモーニングサービスを頂く喫茶店にはよく変わったお花などが飾られていて面白いのですが、
先日そこに飾られていた“蒲の穂”に興味がひかれました。

蒲の穂といえば思い出されるのは出雲神話の『因幡の白兎』。
話を要約すると、小ずるい白ウサギが悪さをしてその報いに重い皮膚炎になるのですがそれを助けたのが大国主命。
うさぎに「真水で傷を洗い蒲の穂を集めて中をまき散らしてその上に転がれば皮膚は元通りに治癒する」と治療方法を教えます。

うさぎ年生まれのせいか昔からこの神話が好きです。
ただ今回蒲の穂の実物を見てどのように治療に使われたのか不思議で興味津々。

―だったら蒲の穂を観察してみよう・・・と一本分けて頂いてきました。
頂くときにお店のご主人からは「絶対家の中で折ってはダメ!」というメッセージ。

では~と帰宅して小庭で割ってみたら・・・

蒲の穂は・・・たった一本だったのに!!!
辺りを信じられない量の綿毛が溢れるように飛び舞いはじめたのです\(◎o◎)/!

穂の中身の余りの密度に恐れ入り!中は全て綿毛!
あっという間に手の中から全て霧散して何もなくなってしまいました!

観察結果―
この綿毛にはどういった治療成分がふくまれているか不明であるが、フカフカで気持ち良さげだという事が解明された(^^ゞ

さ~て、ご近所につい振り撒いてしまった綿毛は蒲の種ということになりますが、
来年この辺りで蒲の穂を見掛けることがあれば、もしかしたら、もしかするかもしれませんね―^^;


 

 

 

あの子はどこへー

[ 2018-08-11 16:39 ]

今日もまた35℃超える猛暑に加え真夏だというに乾燥注意報発令されるカラッカラの尾張国一宮より、美卯オーナーです。

 

8月に入ってから太平洋戦争に関連した番組がみられるようになりました。

その中で注目したのは戦後に親を失った子供がどう生き、今どうしているかというドキュメンタリーです。

驚いたのは私の両親と余りと年齢の変わらない方たちも空襲で家族と家を失い戦災孤児として扱われ、戦争を生き残ったものの護ってくれるどころか大人から動物のような扱いや搾取され、多くの孤児が亡くなったという事実です。

これまでの戦後特集ではあまり子どもたちの視点で描かれることがなく、終戦後の記録映像で戦災孤児が映るたびにこの子はその後どうなったのだろうか?と気になっていました。

私の両親は軍隊に入隊したり、集団学童疎開で家族と離れたりしていましたが、幸い帰る家と家族があったので苦労をしつつも平穏な戦後昭和時代を生きることができました。でもあのまま戦争が続いていればそうはいかない紙一重だった、だからこそ、戦災孤児たちの戦後を知って心が痛みます。

そして昨夜深夜の時間帯にNHK総合で再放送された「父を捜して~日系オランダ人 終わらない戦争~」(2017年製作)は戦争がその時代のみならず終わった後も多くの人々を傷つけ続ける事を伝えていました。

戦前インドネシアは300年間オランダの植民地であり、そこには多くのオランダ系(インドネシア人との混血)住民がいました。日本がインドネシア占領後にそういった人々は捕虜となり過酷な労働を強制され、日本はオランダ系の人々に深い恨みを買うことになります。そんな経緯が尾を引いて現代でもオランダ人は親日的ではないようです。

そんな戦時下に日本人の軍属とオランダ系の女性の間に生まれた子どもたちがいましたが、終戦後父親たちは日本へ強制送還され、また取り残された子どもたちも戦後インドネシアがオランダから独立したためにオランダ系の母親とその家族と共にオランダへ送還。そのため父と子たちはお互いの安否を確認する術を失いました。

オランダで子どもたちは日本人の血を引いているということで家族から差別され孤立したり、暴力を振るわれたりして厳しい生育環境に置かれます。オランダ系の人々は自分たちを暴力で支配した日本人を許せず、その怒りの矛先を子どもたちに向けたのです。

元孤児の中には50歳近くになるまで自分には日本人の父親がいる事すら知らされず、その暴力の理由がわからずPTSDに長年苦しんだり、、、。自分の父親が日本人であることを知ってはじめて自分に向けられた暴力の意味と原因を知ったのです。

改めて『暴力』とはおそろしいものだとー。
戦争という巨大な暴力が家庭や個人の生活の中にも入り込み仲睦まじい家族や人々の絆や人生を壊していくー。
しかもそういった暴力は最初に暴力を受けた人から常に更に立場の弱い小さい者たちへ向い連鎖する事、この憎しみの連鎖は勇気をもって断ち切る人がいなければ更に次の世代へ連鎖し続けていくという事実。

終戦73年経った今も戦争の産んだ暴力の連鎖との戦いは続いているのです。

今年も終戦の日がやってきます。おおくの御魂が安らかなることを改めてお祈りしたいと思います。

 


 

お部屋の緊急暑さ対策に

[ 2018-07-27 17:15 ]

我が街では一宮七夕まつり開催中―。お祭りのお手伝いに汗を流しております、美卯オーナーです。
台風12号の進路が気になりますが、大過なく通り過ぎてくれることを祈っております。

さて、今日は連日の異常な暑さでエアコンの効きも今一つという方へ緊急のご提案です。

写真のシートは冬にホットカーペットやこたつの熱を逃がさないために床に敷いて使いますが、この断熱の原理を利用して窓からの熱の侵入を弱めることが出来ます。

使い方は簡単、光る面を外側にして窓に張り付けて下さい。部屋は暗くなってしまいますが、結構な断熱力があり、すぐに体感温度の差に気が付かれると思います。

あくまでも緊急対応なのでメンディングテープのような取り外しが簡単なテープなどで留めて下さいネ。
アルミ断熱シートは百円ショップで手軽に買え、とても軽くてご希望のサイズにカットするなど加工も容易です。

遮熱カーテンに取り換えるなどの暑さ対策がすぐに出来ない方に補助的なレベルですが暑さ対策としてお勧めします。

注:道路に面しているなど光の反射が問題になる場所では使用しないでください。)

 

 

炎暑にてー

[ 2018-07-23 17:03 ]

連日熱波の襲来で干からび気味の尾張一宮より、お久しぶりです美卯オーナーです。


この度の西日本大水害で被災された皆様には心よりお見舞い申し上げます。

そしてそれに追い打ちをかけるようなこの連日の酷暑!!!
先日被災地まで泥かきなどのボランティアへ行かれた方のお話を聴く機会がありましたが、暑さのために15分作業しては15分休憩という過酷さをお聴きして思わず絶句してしまいました、、、。
被災地の皆様とボランティアの皆様の体調が気懸かりでなりません。一日も早いライフラインの完全復旧と生活の復興を願うばかりです。

そしてこの暑さは私にも思わぬ事を引き起こしてくれました。
先々週、梅雨明けしたばかりで急激に眩しく暑くなった日の昼下がり、所要からの帰りに信号待ちをしていたところ、
後ろから走ってきた宅配バンに追突されてしまいました、、、(-_-;)

お蔭様で私に外傷はなく(愛車は入院しましたが―)一応大丈夫?、、、かな?
ですが、今までなかった頸椎の異常感が時々あるのでしばらくは治療とリハビリが必要なようです。

今だ終わる気配のないこの異常な暑さは正常な判断力を奪うので熱中症のみならず、自動車運転の際は皆様くれぐれもご用心くださいませ。
自戒を込めて―。


 

あなたはアームレス派?それとも・・・

[ 2018-06-30 15:55 ]

気が付けば2018年も折り返し地点!!!あっという間の半年間でしたね。
関東では観測史上初の6月の梅雨明けとか?自然界も人間界も荒々しく事柄がてんこ盛りでフォローしきれない、お久しぶり美卯オーナーです(-_-;)

さて、 美卯一番のお勧めアイテムは松本民芸家具の手仕事で作られた椅子の数々ですが、デザインはじめサイズなどお使いになる方のライフスタイルにあった椅子をお客様とお話しながらアドバイスさせて頂いています。

私はお客様にお勧めする際には現在の椅子の使い方のみならず、数十年後のライフスタイルを見通してご提案します。
なぜなら、松本民芸家具の椅子は「一生ものの椅子」だからです。

丈夫で飽きのこないデザインの松本民芸家具は一度ご購入されれば、お使いになる方、ご家族ととても長いお付き合いになります。ですから若人から年齢を重ねられた方も快適にお使いになれるようご一緒に考えたいと思います。

そこでまず一番簡単なポイントとして、腕を置くアーム付とアームのない椅子、どちらを選びますか?という事。
(写真左#72リーチ型チェア  写真右#85リーチ型アームチェア アーム有無の類似型製品有)

一般にダイニングチェアなどは立ち座りが多いためアームレス椅子の方が立ち座りに邪魔にならないからと選ばれます。
それはそれでよいのですが、年を重ねご高齢になるとアームが付いていた方が支えとなって立ち座りが安全になります。

勿論お使いになる方の用途やお好みでお気に入りの一脚をお選び下さい。何よりも大切なのは愛着の持てる椅子をお選び頂けることです。

住宅の欧風化と共に椅子は日本人の生活になくてはならない“伴”となりました。
人生の良き伴侶としてのあなただけの椅子を見つけに美卯へご来店お待ちしております。

糸 ねこ 写真二人展

[ 2018-06-16 14:04 ]

気が付けば6月も折り返し地点を過ぎました、梅雨時の寒暖差に喉をやられた美卯オーナーです(^^ゞ


今朝一番に我が写真の師匠である末松グニエ文さんと小森正孝さんの写真二人展へ(会場一宮市三岸節子記念美術館)。
末松さんは地元の繊維産業、特にションヘル織機というとても繊細で美しい織物を織る織機や紡績を長年取材されている写真家です。
小森正孝さんは猫を追って日本中を旅する写真家で、末松さんと小森さんは学校の同級生とか。

糸(繊維)とニャンコという異色の組み合わせの写真展ですが、どちらもとても見応えがあります。

私たちは織物と言っても完成品の美しい洋服や布しか普段見ることがありませんが、末松さんの作品からは作り手がどの様な人となりであり、どの様な場からその美しさが生み出されてくるのか、その“現場”を感じることができます。


小森さんは今日初めてお会いしたのですが、作品から感じられる温かな猫たちへの眼差しそのままの優しくユーモアのある方です。美しい自然の中で野性を失わず伸び伸びと生きている猫の姿にとても癒されました。
会場には猫と同じポーズをとって写真を撮ろうというコーナーもあって楽しい企画になっています。
↓はわざわざ小森さんご本人ががポーズをとってくれました☺

展覧会は明日17日(日)15時までー
お急ぎ下さいませ!

松本民芸家具ラインナップ掲載しました。

[ 2018-05-28 16:37 ]

心地よい五月からしっとり梅雨の六月へ、季節が移りますね、美卯オーナーです。



さて、松本民芸家具には2000ほどのアイテムがラインアップされていますが、
その中で選りすぐりの代表的な製品をこの度美卯のHPに掲載いたしました。
椅子からテーブル、食器棚をはじめとする箱ものなど、多彩な美しい松本民芸家具の
数々をまずはホームページでお楽しみ下さい。
http://www.miu138.jp/lineup/lineup_category/matsumin/

掲載された他にも豊富なデザイン、サイズがございます。

また、これらの家具を基本にしてお客様オリジナルの松本民芸家具をお造りすることができます。
美卯のインテリアコーディネーターがデザインのお手伝いをいたしますのでお気軽にお問合せ下さい。

勿論、美卯へご来店いただいて松本民芸家具の材質、品質、技術をご自身の五感で体感して頂きたいと存じますので
皆様のご来店をお待ちしております。

ない!!(◎_◎;)

[ 2018-05-24 15:59 ]

春嵐一過、心地よい日になりました。美卯オーナーです☺

この写真は名古屋は栄地下街の昨日の風景ですが、どの辺りだと思われますか?

ここは三越デパート本館入り口正面のクリスタル広場のはず、、、なのですがいつも見慣れたクリスタルモニュメントが無い!😱

あるはずの場所にあるはずの物が無いというのは結構ビックリしますね、特に物心ついた時には既にあった場合はー

学生の頃よく友人と待ち合わせした場所でした。今はただの通路の一部になっていて味気ないじゃん〜😭

何やら栄地下街50周年に向けて大改修中とか。地下鉄に繋がる階段のど真ん中にエレベーターが設置されたり、馴染みのお店が工事中やら無かったりと、一瞬知らない場所にいる気分に。

そりゃ〜私も〜歳をとりましたからね^^;

この通りの奥にあった丸栄デパートも来月で閉店、これからこの界隈は大きく変貌するようです。

さて、ヨーロッパへ行くと数百年前と同じ町並みを見ることができますが、日本の特に都市では僅かな期間で建物が建て替えられたりして風景が一変します。

新しい物好きな日本人気質と気候、災害の多さも重なっての事でしょうが、何と無く落ち着きのない不安定さも感じます。

ずっと生まれる前から死んだ後まで連綿と続く風景には人を心穏やかに安定させる要素がある様に私は思っていて、世代を越えて守られてきた風景を旅先などで見かける度にホッとしたり、羨ましく思ったりしています。

ただこの頃は伝統を維持する事の困難さもわかってきたので、携わっている方々にはひたすらに敬意と感謝です。

守るべきものと、変えていくべきものー

地上の嵐を他所に地下街でちょっと散策。

 

 

 

美は超越す2

[ 2018-05-18 16:10 ]

まだ5月というのに、蒸し蒸しとした毎日が続いている尾張国一宮より美卯オーナーです。



”民藝”とは、この頃ではライフスタイルデザインの一ジャンルと見られがちのの様ですね。
作り手である職人さんに光が当たるのはとても喜ばしいし、応援して下さる方が増えているのはとても素晴らしい事ですが、その一方でもっと民藝の歴史、特に創始者である柳宗悦師を知って欲しいともつい思ってしまいます。

柳の人生は明治から太平洋戦争を経て昭和の中期までと、日本近代化の激流の中にありました。
日本陸軍高官の子息でありながら自由闊達、思想家であり、様々な分野において現場第一主義の研究者であったと思います。

余りに幅広い研究対象と近代化により整備されつつあった交通網を駆使しての国内外への美を求める旅の数々、そのパワフルな行動力に驚かされます。今民藝の品として目に触れる伝統工芸のほとんどは柳が各地を駆け回って見つけた手仕事からつくられています。―とはいえ当時のアナログな交通手段を考えるとその苦労は想像を絶します。

数々の豊富なエピソードを持つ柳ですが、私にとって何よりも注目するのは柳にとっての「美」とはどういう存在だったかについて―(でもこの辺りは抽象的で説明辛いところ―)です。

柳宗悦という方にはかなり超越した部分があって、偏見とか差別意識が薄く、戦前の一般日本人がひどく差別していた朝鮮、沖縄(琉球)、アイヌ、台湾の美しい文化を評価。直観的に見てどんな背景を持っていて誰が、どこで作ったとしても美しいものは美しいのだという揺るぎない信念を持っていたようです。
何と言っても民藝運動のはじまりが柳と朝鮮の名もない陶工たちがつくった朝鮮雑器との出会いだったことがとても象徴的。

このように柳は多文化、民族の共生を訴え多様性の価値を『複合の美の平和思想』として説きました。
帝国主義の日本帝国は植民地では現地の人々に生活、文化において日本への同化政策を取っており、こうした柳の言動はとても勇気のいる事でした。

柳は非暴力重視であり、インドのガンジーやクエーカー教徒の絶対平和主義に共感していたともいいます。
「美」というソフトパワーとしての文化の力を駆使して世界を弱者にもやさしい平和な社会を実現したい、そして中でも優れた手仕事により生まれた美にこそその力が宿っていると確信したのではないでしょうか。