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ギャラリー&インテリア 美卯 〜つれづれに〜

ガラパゴスガラパゴス

[ 2018-03-30 19:39 ]

 気が付けば、もう3月末!年度末になりました。桜も駆け足で散り急ぎとても切ない春弥生、美卯オーナーです。
この一カ月、日々目まぐるしくバタバタと過ごし新しい年度への切り替えもボツボツと・・・。
そんな日々につい世事に疎くなっていたところ、先日(@_@)するニュースが、、、。

なぜかこの2.3日急に私の小耳にはいてきたのはプラスチックゴミの国際問題化について―。
近年ハワイをはじめカリフォルニア州など太平洋沿岸ではプラスチックゴミが海岸に流れ着き困っている。
そのゴミは日本をはじめアジア方面から海流に乗って運ばれ、北太平洋の中央(およそ西経135度~155度、北緯35度~42度の範囲)には日本の国土面積のおよそ4倍の範囲にわたって“ゴミの島 ”が出来ていて(-_-;)これをGreat Pacific Garbage Patch=太平洋ゴミベルトと呼んでいるとか。

このプラゴミはエサと間違えて食べてしまった野生生物の体内から大量に発見されるなど、生態系に重大な問題を起しつつあるとニュースは伝えます。
私たちの生活にとても便利で身近なプラスティック製品が、今様々な生物の生存を脅かしている、そしてそれが廻りまわってその災いが人にも影響を与えつつあると―。

この問題に関して国際的な関心は高く既に多くの国では買い物用のレジ袋の配布など禁止したり、プラスティック容器の使用の制限をしているそうです。

そんな状況下、最も取り組みが遅れている国の一つがわが日本であると聴きびっくりするやら哀しいやら。
実際にハワイや西海岸で拾われるプラゴミの中には日本語が記されたゴミが多数見つかるそうです。

このように「そんな事とは長年露知らず、、、」ってことがしばしばあります。

同じような事が再生エネルギーシフトについても言えます。
世界中が7年前の福島第一原子力発電所の事故を契機に再生エネルギーへエネルギーシフトしていることが今年になるまで日本で大きく報道されることがありませんでした。

他にも諸々と日本が世界の潮流から近年取り残されているのではないかと心配になる事柄がしばしば見受けられ、かつて日本の携帯電話がガラケー(ガラパゴス携帯=極端にローカルな地域でしか使えない=グローバルで通用しない)と呼ばれてしまった様な事が繰り返されないよう祈るばかりです。

河川津波の記憶

[ 2018-03-05 17:13 ]

 早朝、突然の雷鳴で飛び起きました、美卯オーナーです。春の嵐ですね。

もうすぐまた、あの日、3・11東北大震災の日がやってきます。
つい先日までオリンピックに沸き、まるでその様な出来事が無かったかのような報道が続きましたが、3月に入って震災関連の番組が一部でみられるようになってきました。

その中で特に注目したのはNHK特集の『河川津波』。
津波は直接陸地を襲うだけではなく、河川を遡ることで海から離れた陸地に到達して大きな被害を及ぼすことがあります。

私たちの街には木曽川をはじめとした一級河川が何本も流れていますが、幸いにして河口より50キロほど離れているため、この被害は免れそうです。
そんな現在の環境ですが、私が地震災害について興味を持つ切っ掛けは母が語ったこの河川津波だったのです。

私の母は1944年12月7日 (昭和19年) に発生した東南海地震( M7.9)の被災者です。
母の家は東京都三鷹市にあったのですが、戦時下であり学童(集団)疎開としてその時は親元を離れて静岡県御前崎市(現)辺りに寄宿していたそうです。

当時は地元の小学校を午後から疎開学童が間借りする形で授業が行われていたそうで、その日は母が登校して教室に入った途端机や椅子が大きく揺れ始めました。発災時刻は記録によると13時36分。震度は御前崎は5~6(戦時中の故かアバウト?)。
慌てて校庭へ避難するも地面は激しく波を打ってまともに歩くこともままならなかったとかー。
誰が叫んだのでしょうか?「大人の声で高台へ走れ!!!」との声で皆で必死に高台へ上ったそうです。

その高台で母たちが見たのは河を遡る白い一本の線のような波ー。
母にとって戦争による困難の中、空腹やシラミの痒みとの戦い以上にこの体験は深く刻まれたようで何度もこの話を聴かされましたが、
母はこの白い波はなぜ起きたのか、その正体を生涯知ることはありませんでした。

そして後年、私はこの母の見たこの白い波の正体を知ることになります、東日本大震災の空撮実況放送で、、、。
まさか、地震により発生した巨大津波を実況で見るなんて思いもよらない事であったと同時に、母が見たあの白い一本の線の正体が何であったのか、その時知ったのです。もし母が生きていてこの光景を見て何と言ったであろうかと、不謹慎にも何度も思いました。

東日本大震災の日は母の命日にとても近く、どうしても母の思い出と重なります。
家族と離れ12歳だった母が同級生たちと被災地でどんな気持ちですごしたのだろうか?それが東北の被災した方々の姿と被りました。

この昭和東南海地震は太平洋戦争下であり「戦力の低下を敵に知られないため」という理由から発生は隠され、被害調査も記録もあまり残されていないのがとても残念です。この記録があれば御前崎に原子力発電所はできなかったかもしれませんね。

―今年も東北へ深く思いを馳せたいと思います。


#河川津波 #昭和東南海地震 #学童疎開と昭和東南海地震

桃の節句

[ 2018-03-03 16:19 ]

 例年になく厳しい冬を越え一気に春が来た!尾張一宮より美卯オーナーです。

 今日は3月3日桃の節句ですね。
最近は住宅事情もあってか七段飾りのようなフルバージョンのお雛様を飾っているご家庭は少ないようですね。
申し訳ないのですが、ご多分に漏れず我が家でもなかなかご登場していただけずかなり肩身の狭い私です(^^ゞ


そんな私ですが、やはりこの時期は街のお店や知人宅で可愛らしく美しいお雛飾りを見るのは大好きです。
先日も地元一宮市内起地区にある古民家・旧田内織布さんでとても珍しく可愛いお雛飾りを見せて頂きました。
それがこの写真↑のお雛様です☺

珍しい陶器のお雛様なのですが、、、

こちらに“灯りをつけましょ♪~”とばかりに―――



―――素敵でしょ!!!  
いつの時代のお雛様かはお聴きできませんでしたが、こんなハイカラでお洒落なお雛様を贈った方はどんな方で、贈られたお嬢様はどんな方だったのかしら・・・っと、おもわず想いは時空を飛びました―。 

母から娘、さらにその娘へ、幸せを祈る心の連綿たる繋がりに心温まる雛祭りです。