ギャラリー&インテリア MIU 美卯 松本民芸家具・世界の民芸・雑貨ギャラリー&インテリア MIU 美卯 松本民芸家具・世界の民芸・雑貨

ギャラリー&インテリア 美卯 〜つれづれに〜

倉敷で宿をお探しならー

[ 2018-12-09 17:04 ]

寒くなりましたね―。
数日前から比べると10℃以上もの気温の急降下に“こたつ猫”になりたい美卯オーナーです。

さて、今日ご紹介したいのは築100年の古民家を改装して作られた「滔々 倉敷町家の宿」。
倉敷の大原美術館すぐ南側にあって、歴史美観地区に隣接しているので観光にとても便利です。


こちらは倉敷で30余年にわたって多くの方々に愛された「クラフト&ギャラリー幹」さんから引き継がれた建物をギャラリーと宿泊施設として新たに今年、平成30年6月から開業されました。

改装にあたって「宿で過ごす時間が、快適で心からくつろぐことのできるものとなることを願い、豪奢ではないが良質であること、人の意図や配慮が感じられること、年月を重ねるごとに趣をましていく素材を用いることをコンセプトに、細部にまでこだわり仕上げていきました。」とのことで、木の香りを感じながら心地よく過ごせそうな古民家です。

置かれている道具や調度品もこだわりの手仕事によるモノで、宿で使ってみて気に入ったらギャラリー滔々で購入もできるそうです。


一日一組限定。宿泊人数は2名~5名。素泊まり。食事は、界隈にある郷土料理や地酒をたのしめる場所をご案内とのこと。
キッチンと調理器具、レンジ、食器が備え付けられているので、街で購入した民芸品を早速使って宿で仲間と楽しく旅を満喫できそうです。

滔々のマネージャーである、ファースト 理恵さんにこのお宿とギャラリーを案内して頂きましたが、ここには泊まるというより住んでみたくなるほど心地よい空気が流れていました。

もし友人たちと連れ立って倉敷を再訪するなら絶対泊まってみたい古民家の宿です☺

詳しくは↓

https://toutou-kurashiki.jp/stay1/

 

路線バスで行く「起街道プチ漫遊」

[ 2018-12-03 16:34 ]

ちょっとご無沙汰しておりました、美卯オーナーです。
実はまだ9月の倉敷フォーラムについてまだ書き切っていないのですが、
今日は先日地元FMコミュニティラジオ・iWAVEに出演して私が取材、
ご紹介させて頂いた路線バスを使ったわが街のプチ旅を再掲します。
ちょっとお出掛けのご参考に、また地域外の方には江戸時代東海道の要でも
あった起街道と起宿地区を知っていただく契機になればと思います。



こんばんは。この頃は朝晩冷え込んで街の風景も初冬の佇まいになってきましたね。ただ本格的に寒くなる前にもうちょっと街を楽しもうと今日は「路線バスで巡る起街道」というテーマでお話したいと思います。
今回取り上げるのは一宮駅バスセンターから駅の西側、八幡通りを経て起街道を走る名鉄バスの起線です。

ちょっと脱線ですが、昔この路線を電車が走っていたのはご存じですか?
実は私はちょっと・・・乗り鉄なので調べた所、この起街道には大正13年から、昭和28年に廃線になるまで単線の電車が通っていたそうです。今西松屋になっている所に車庫があったのですが、行ってみても往時の痕跡は見られずに鉄オタとしてはちょっと残念なのですが・・・。

さて話が脱線しましたが、本題に戻って、いよいよ起街道の面白い所を巡るバス旅始めたいと思います。
では、まずバスの旅を始める前に用意して頂きたいモノがあります。
それは名鉄バスの一日乗車券「一宮おでかけバス手形」!!!まずこれを購入して下さい。
何度も乗降りしてあちこち巡るのでこれは便利です。しかも断然お安くてお得。
ただ降車時間が決められていて平日は10時~16時、土日は終日OKです。市内のバス全てが乗り降り自由で、
料金は中学生以上600円、小学生300円です。一宮バスターミナルか車内でも購入出来るそうです。

このバス手形をゲットしたら一宮駅バスセンターから起行きに乗車、出発です。
ゆらゆらとバスに揺られて15分ほど、最初にご紹介する篭屋バス停留所に到着します。
ここの見どころは、のこぎり二という旧平松毛織物株式会社の織物工場であった5棟連なった大きなノコギリ屋根工場です。

一宮あたりでは喫茶店以上に良く見かけるのこぎりやね工場ですが、数でいったら日本一だという事が近年わかってきました。以前一番と豪語していた群馬県の桐生市よりもはるかに多い事が判明したんですが、余りにも多くていろんな団体が調べてはいるのですが未だに正確な数は判らないそうです。(推計2500棟、桐生の10倍?)しかも老朽化で最近どんどん取り壊しが進んで少なくなってきています。

ノコギリ屋根工場の現状はこういった所ですが、今回訪ねたのこぎり二では使われなくなった工場にもう一度光を当てその歴史と意義を考えようとワークショップを行う一方、その利活用として現在、アート作品の展示場や演奏会の開かれるホールとアトリエとして作品の製作現場として公開されています。また最近ではションヘル織機が3台保管されるなど、かつての織物工場だったアイデンティティを大切にしつつ、元気な地域づくりに活用されています。また敷地内にはノコギリ屋根倉庫をおしゃれに改装したユタカフェがあってランチや手作りのお菓子が評判になっているんですよ。

そこでビッグニュース!
こうした活動が評価されて、この度ここ「のこぎり二」さんが国際なかなか遺産委員会から「なかなか遺産」として認定されることになり、その認定式典がのこ二で開催されることになりました。今日は国際なかなか遺産委員会についての説明は時間の関係上割愛させて頂きますが、
式典日時は12月15日(土)13時~15時 認証式とその意義について、東大の先生から講演があり、その後ノコギリ屋根の折り紙教室があります。ご興味のある方どなたでも参加できるので、詳しくは篭屋四丁目11-3 平松毛織株式会社までお問い合わせ下さい。

ノコギリ屋根を見学したら先ほど降りた停留所から再びバスに乗車して次の目的地へ向かいます。篭屋バス停から6つ先の起工高・三岸美術館前で降りてしばし美術館で三岸節子先生の作品や特別展の鑑賞を楽しんで下さい。

さて、ここまで来るとちょっと小腹がすいたのではないかと思います☺
なので次の新栄町までひとつ乗車して降りて、尾西起郵便局の反対側の路地の中にある昔懐かしの駄菓子屋「大野屋」でお好み焼きや焼きそば、おでんを買い食いするのはどうでしょう☺
、、、駄菓子屋って好きですか?気分は子供の頃にタイムスリップしますよね。

そして大野屋さんのさらに奥の方には旧田内織布さんが所有する立派な古民家があります。
ここでは古民家や蔵を活かした様々な展示やイベントが随時行われているのですが、とても立派なお座敷や茶室とか大胆な大きさの灯篭が庭にあって、昭和13年頃の起の街の隆盛ぶりがわかる豪勢さなので機会があったらこちらも是非訪ねてみて下さい。。最新の情報ではちょっと先になりますが、来年の2月11日(祝)にライブとマーケット・展示が開催される予定です。

さてさてバスの旅はさらに続き新栄町バス停から更に先に進みますが、ここからバスに乗る時は注意です。この路線には実質終点がない!のです。一宮駅発起行のバスの終着点は実際は一宮駅に戻る形になっていて、尾張中島バス停からバスの路線は循環バスのように走っています。ですからバスの進行方向は変わりないのに、この辺りから車両の先頭にある行先表示が起から一宮駅行に代わっているので、初めてこのバス路線に乗る人はびっくりするかと思います。私もびっくりした一人です。

更に進んで新栄町から一駅、いよいよルート上一番西にある起停留所に到着です。
停留所の近くに尾西歴史民俗資料館と別館の旧林家住宅があって中を見学できます。
資料館ではかつて街道の要衝であった起の歴史的重要性が学べ、また隣にある旧林家住宅は脇本陣の流れを汲む国登録有形文化財で、江戸時代の伝統的な町屋建築様式を現代に伝えています。(写真)
ここには四季折々の木々がとてもきれいな庭があって和室から眺めて何時間でものんびりゆったり過ごしたくなります。特に新緑や紅葉の時期はインスタ映えすると思いますよ☺

こうして旧林家住宅でまったり過ごした後は起バス停から再び乗車、バスは坂を木曽川の堤防へ向かって登っていきます。

、、、そして登り切った瞬間!!!
視野がいきなり一気に開けて広がる木曽川や養老山脈が一望できます。
これがハッと息をのむ美しさ。バスは視点が高いので周りがよく見えるんですね。
特に夕日が素晴らしいのでその時刻を狙ってバスに乗るのをお勧めします。

バスはこの堤防からループして濃尾大橋の手前で一宮駅の方角へ戻る様に大垣線に入って行きます。

次に降りるのは濃尾大橋口停留所。ここからは湊屋(旧湊屋文右衛門邸)への最寄りの停留所になります。
湊屋は船を使った物流を生業としていた商家の建物だったのですが、明治24年の濃尾地震ではこの辺り、起宿の家屋がほぼ全滅する中で残った数少ない貴重な日本建築です。現在では週に三日ほどカフェとして公開されていますが、玄関を入ってすぐに広い座敷があるなど当時の商いの隆盛ぶりが偲ばれるようです。様々な人々が行き交ったのでしょうね。
このすぐ近くには愛知県指定史跡の起渡船場、つまり起から木曽川を渡る船の乗り場の跡があって、常夜灯が残っています。

さてさて、バスに戻っていよいよ旅は最後の途中下車、みずほ興業前で降車します。
ここから少々歩きますが小信中島公民館・墨会館へ行きましょう。
この墨会館は愛知県下唯一の建築家・丹下健三の設計の建物です。

1957年竣工。こちらも国の指定文化財です。艶金興業株式会社の本社として建築されました。この建物は丹下健三が国立代々木競技場の設計で名をはせる以前の建物で、初期の作品として評価があるようです。
中庭を挟んで事務棟とホールに分かれていますが、このホールが近未来的な特徴のある造りになっているので一見の価値がありです。信じられないくらい素敵なホールなので私としてはもっと活用が進むことを期待したいですね。

以上バスで巡る起街道の旅、駆け足でご紹介しましたがいかがでしょうか?
ちょっと盛り込み過ぎで一日で廻りきらないかもですが、気軽に行けるプチ旅行としておすすめします。

またこの行程なら自転車で廻るのもいいかもしれません。

自転車といえば、3年前の11月に「ツイードラン尾州」というクラシックなツイード生地の服をドレスコードとした自転車のサイクリングイベントがありました。今回ご紹介した起地区を含む尾州織物に関連する場所を巡ったそうです。その時の様子を写真家・末松グニエ文さんが記録した写真展が12月に開かれるのでその情報もお伝えします。

「ツイードラン尾州一宮・犬山写真展」12月21日(金)~23日(日)場所 オリナス一宮 入場無料
本町商店街の中にあるので、ここではさらに手軽に旅気分が味わうことができるのではないでしょうか?☺

今日は身近なバスの旅をご紹介しました。遠くへ旅するのもいいのですが、ご近所にも意外な発見があるかもしれません。思いついたらパッといけるこんな路線バスの旅へ是非お出掛け下さい。

倉敷本染手織研究所

[ 2018-11-02 22:30 ]

11月になりました。今年はいつもより時間が早く過ぎているような気がします、美卯オーナーです。

9月の倉敷フォーラムから早2か月、今もまだその余韻が強く残っています。
とりわけ外村吉之介先生の創設された倉敷本染手織研究所を訪ねることができ感謝です。

倉敷本染手織研究所は昭和28年に美しいものを日本中に広めるために作られ、今日まで65年の間に約400名の織り手を育てています。



外村先生は海外や日本中を巡り「母が子供のために作ったものが一番美しい」という考えに至りました。
ですから研究所では売り物を作る職人の養成を目的とせず、当時は女性は結婚して母になることがことが当たり前とされた時代でもあり、将来それぞれの家庭で家族のために美しいものをつくる担い手として未婚の女性を全国から募り糸紡ぎから手織、本染まで教授しました。

さて倉敷本染手織研究所の「本染」とは?と思われた方もいるかもしれません。
本染について当研究所主任の石上梨影子先生によると、
「本染」とは(近代に)化学染料が登場したことでそれまで伝統的に使われてきた植物や鉱物その他の天然染料を用いた染め物を区別して呼ぶために生まれた言葉だそうです。

また「草木染」というジャンルもあるが、外村先生はこれを趣味的と嫌ったといいます。草木染めは身の回りにある植物のほとんど何からでもなんらかの色が出るが、中には堅牢度に難があるものも含まれているからだそうです。
外村先生は昔から染料として使われてきた堅牢度に実績のある先人たちの選びぬいた天然染料を用いる「本染』に拘ったのだそう。
外村先生に限らず民藝の先人には日常の道具であるからこそ作られたものの堅牢さ、つまり耐久性に拘ったという話をよく耳にします。

天然染料の中で一番の基本になるのが藍染ですが、今日でも研究生が卒業して各自の地元へ帰った時に自分で藍を染められるようにと毎年新しい藍をたてて実習を行っているそうです。

近年は織物の用途が衣類からインテリアの敷物などにと変化しつつあるといいますが、美しいものを日本中の家庭に広めたいという外村先生の伝道の精神は今も脈々と倉敷本染手織研究所はじめその卒業生たちによって受け継がれています。

文系から学ぶ防災

[ 2018-10-28 01:19 ]

天高く馬肥ゆる秋~、、、ですが名古屋の老舗ハーブスのケーキ(大きくて有名)を3分の1残すという、人生の秋を感じた美卯オーナーです。

さて、今年も残すところ早くも!2か月余りになりました。凄く短い1年に感じます。
災害が多かったせいでしょうか?様々な情報を見直しても台風の大型化による風水害、そして環太平洋地域の地震の多さが目立ちます。

そこでご紹介したいのが、磯田道史著『天災から日本史を読みなおす 先人に学ぶ防災』という本です。

私はこの本を読むまで防災に古文書が役に立つという認識が全くありませんでした。

磯田先生はワイドショーなどに出演しているので見知っている方も多いかと思いますが、この方がこれほど古文書マニアであり、その知識を現代に役に立つように活用しようと並々ならぬ情熱をお持ちだということも知りませんでした。

各地に残る古文書の記述にはいつどこでどのような災害があったか知ることが出来ます。
考えてみれば古事記にも水害を暗喩しているような物語があります。先人たちは後世の人にわかり易く災害を伝えるために物語を創作したのではないでしょうか?

この著書では秀吉の時代以降の古文書の記述を元にどんな災害がどこに起きてどのようなものであったか記載。
特に江戸時代には辺境においても災害の記録が様々に残っていて当時の日本人の教養の高さを感じます。
その記録からは子孫が天災によって同じ苦難に合わないよう警告する先人の思いが垣間見えます。

さて、地震は同じ震源域からある程度周期的に発生するので古文書にある地震・津波の予兆現象、被害の内容、発災時から事態の推移にいたるまで参考にならないものはありません。これら古文書の記録から次の地震の被害を予測することができるのです。つまり古文書は過去の災害情報の宝庫なのです。
磯田先生は東海地震の震源域真近と予想されている静岡県に住み、各地に災害に関する古文書を求めて日本中を巡っています。

また地震と同様に過去に起きた豪雨の土砂災害、溜池の決壊なども地質は変えられないなど自然条件が不変である以上同じところに同じ被害が発生する可能性はかなり高いといえます。古文書の記述を元にどこに災害が起きそうか規模も含め予想できれば対策を事前に立てて減災に役立てることができます。
一人でも多くの住民を守るために古文書は先祖からの大切なメッセージでありその重要性を広く世の中に知って頂きたいと思います。

近年、大学の文系学部は直接的には社会や経済に貢献が少ないから縮小すべきとの議論があります。
しかし理系の科学者にはない文系の知識、教養、この場合は古文書の研究が加わることによってサイエンスだけでは究明できない過去の災害のメカニズムを読み解くことができます。
その古文書を読みこなすためには文系学部で学んだ専門性が必要となるでしょう?
防災減災のための研究は理系と文系の共同によって新しい可能性が開けるのではないかと期待します。
文化教養のみならず実利的な面からも文系学部を守るべきであり、学問の多様性は未来を拓くためになくてはならないものだと考えます。

ちょっとご無沙汰しております(^^ゞ

[ 2018-10-08 15:48 ]

真っ青な秋空に旅心が揺れる美卯オーナーです。お久しぶりぶり―。
9月はブログの更新が一度もなかったですね(-_-;)スミマセン。
9月前半は結構忙しくして、ブログに書きたいことも沢山あるのですが、
夏頃からの体調不良が一気にぶり返して主治医も\(◎o◎)/!の9月でした。

これからボツボツ面白かったことを書いていけたらと思います。

その第一弾は『木曽川鵜飼』
犬山城下を流れる木曽川で行われている鵜飼をはじめて船に乗って観てきました。
子どもの頃にぎふ長良川鵜飼いに行ったことはあるのですが、あまり印象に残っていません。
今回は知人友人で船を貸し切って宴会をしながらという事も楽しみに参加☺


初秋の風に吹かれながら1300年もの歴史を誇る古代漁法を篝火の灯りをたよりに眺めるのはとても風情があって楽しめ、
正に川合玉堂が描いた絵画の世界が目の前に展開されていきました。

この伝統ある木曽川鵜飼もご多分にもれず存続の危機にあると聴きました。
人と自然の協働と言えるこの美しい光景が永く伝えられることを願ってやみません。


ご興味のある方は↓をご覧ください。
https://www.furusato-tax.jp/gcf/88

 

天災と人災\(◎o◎)/!

[ 2018-08-26 14:27 ]

台風一過、戻ってきた猛暑にかな~り負けております、美卯オーナーです。

このところ\(◎o◎)/!するようなことが2件ありました。

ひとつは8月23日段階の台風19号と20号の進路予想図で25日9時の予報円が一部重なっていたこと―。
2つの台風が合体する現象があると聴いていたので、もしかしたらと、不謹慎にもその自然現象がみられることを期待してしまいました^^;

そしてもう一件は人的な災害のようなもの。
迷惑メールが先週初めに大量に送られてきて\(◎o◎)/!
なんと一日で640通中送られ、そのうち604通が海外からの迷惑メールでした。
殆どが英語ですが、中にはロシア語があり、中国からのモノも(-_-;)

特に目を引いたのは同じ件名(Med~)で発信元が異なるものがたて続けに数百通も!!!
迷惑メール設定で自動的に選別されますが、余りにも数が多いのでそれなりに処理するのに時間が取られました。

そして翌日も9割近くが迷惑メール。
その傾向は続いていて、今日は週末のせいか届くメール自体が少な目ですが、それでも9割近くが迷惑メールです。

改善したくても仕事用のメールアドレスは簡単には変更できず困ります。
今回のように同じ件名が同時に並ぶなど迷惑メールとわかり易いものはいいのですが、「Re~」といった巧妙な件名でくるなどどんどん手口が巧妙になってきて困ります。
文明の利器による便利さは危険と隣り合わせ、常に安全情報に目を配らなければいけないようですね(-_-;)

 

自由研究(^^ゞ

[ 2018-08-19 17:48 ]

夏が~過ぎ~♪ようとしています、少なくとも暦の上ではね、美卯オーナーです。

そろそろ子どもたちも夏休みは総仕上げの頃合いです。
今時は宿題も9月に提出ではなく、出校日毎に提出物の締め切りがあるのだとか―。
私はギリギリまでやらない生徒だったので夏休みの最後はいつも悲惨でした(-_-;)

特に苦手だったのは今でいう自由研究(-_-;)
私の頃、地元公立では「発明工夫展」なるものに出品する作品の製作がお題でしたが、理系でない自分にはとてもハードルが高かった!!!(怨)

我が親も苦手だったのか忙しいからなのか、この課題は全く手伝ってくれなかったようで、小学校6年間どうやってこの課題を切り抜けたのか・・・今では定かではありません・・・。
毎年夏の終わりにはこの年齢になってもこの時の気持ちが蘇ってきます(^^ゞ

そんな子どもの頃を思い出しながらちょっと自然観察を一つ―。
地元で朝食のモーニングサービスを頂く喫茶店にはよく変わったお花などが飾られていて面白いのですが、
先日そこに飾られていた“蒲の穂”に興味がひかれました。

蒲の穂といえば思い出されるのは出雲神話の『因幡の白兎』。
話を要約すると、小ずるい白ウサギが悪さをしてその報いに重い皮膚炎になるのですがそれを助けたのが大国主命。
うさぎに「真水で傷を洗い蒲の穂を集めて中をまき散らしてその上に転がれば皮膚は元通りに治癒する」と治療方法を教えます。

うさぎ年生まれのせいか昔からこの神話が好きです。
ただ今回蒲の穂の実物を見てどのように治療に使われたのか不思議で興味津々。

―だったら蒲の穂を観察してみよう・・・と一本分けて頂いてきました。
頂くときにお店のご主人からは「絶対家の中で折ってはダメ!」というメッセージ。

では~と帰宅して小庭で割ってみたら・・・

蒲の穂は・・・たった一本だったのに!!!
辺りを信じられない量の綿毛が溢れるように飛び舞いはじめたのです\(◎o◎)/!

穂の中身の余りの密度に恐れ入り!中は全て綿毛!
あっという間に手の中から全て霧散して何もなくなってしまいました!

観察結果―
この綿毛にはどういった治療成分がふくまれているか不明であるが、フカフカで気持ち良さげだという事が解明された(^^ゞ

さ~て、ご近所につい振り撒いてしまった綿毛は蒲の種ということになりますが、
来年この辺りで蒲の穂を見掛けることがあれば、もしかしたら、もしかするかもしれませんね―^^;


 

 

 

あの子はどこへー

[ 2018-08-11 16:39 ]

今日もまた35℃超える猛暑に加え真夏だというに乾燥注意報発令されるカラッカラの尾張国一宮より、美卯オーナーです。

 

8月に入ってから太平洋戦争に関連した番組がみられるようになりました。

その中で注目したのは戦後に親を失った子供がどう生き、今どうしているかというドキュメンタリーです。

驚いたのは私の両親と余りと年齢の変わらない方たちも空襲で家族と家を失い戦災孤児として扱われ、戦争を生き残ったものの護ってくれるどころか大人から動物のような扱いや搾取され、多くの孤児が亡くなったという事実です。

これまでの戦後特集ではあまり子どもたちの視点で描かれることがなく、終戦後の記録映像で戦災孤児が映るたびにこの子はその後どうなったのだろうか?と気になっていました。

私の両親は軍隊に入隊したり、集団学童疎開で家族と離れたりしていましたが、幸い帰る家と家族があったので苦労をしつつも平穏な戦後昭和時代を生きることができました。でもあのまま戦争が続いていればそうはいかない紙一重だった、だからこそ、戦災孤児たちの戦後を知って心が痛みます。

そして昨夜深夜の時間帯にNHK総合で再放送された「父を捜して~日系オランダ人 終わらない戦争~」(2017年製作)は戦争がその時代のみならず終わった後も多くの人々を傷つけ続ける事を伝えていました。

戦前インドネシアは300年間オランダの植民地であり、そこには多くのオランダ系(インドネシア人との混血)住民がいました。日本がインドネシア占領後にそういった人々は捕虜となり過酷な労働を強制され、日本はオランダ系の人々に深い恨みを買うことになります。そんな経緯が尾を引いて現代でもオランダ人は親日的ではないようです。

そんな戦時下に日本人の軍属とオランダ系の女性の間に生まれた子どもたちがいましたが、終戦後父親たちは日本へ強制送還され、また取り残された子どもたちも戦後インドネシアがオランダから独立したためにオランダ系の母親とその家族と共にオランダへ送還。そのため父と子たちはお互いの安否を確認する術を失いました。

オランダで子どもたちは日本人の血を引いているということで家族から差別され孤立したり、暴力を振るわれたりして厳しい生育環境に置かれます。オランダ系の人々は自分たちを暴力で支配した日本人を許せず、その怒りの矛先を子どもたちに向けたのです。

元孤児の中には50歳近くになるまで自分には日本人の父親がいる事すら知らされず、その暴力の理由がわからずPTSDに長年苦しんだり、、、。自分の父親が日本人であることを知ってはじめて自分に向けられた暴力の意味と原因を知ったのです。

改めて『暴力』とはおそろしいものだとー。
戦争という巨大な暴力が家庭や個人の生活の中にも入り込み仲睦まじい家族や人々の絆や人生を壊していくー。
しかもそういった暴力は最初に暴力を受けた人から常に更に立場の弱い小さい者たちへ向い連鎖する事、この憎しみの連鎖は勇気をもって断ち切る人がいなければ更に次の世代へ連鎖し続けていくという事実。

終戦73年経った今も戦争の産んだ暴力の連鎖との戦いは続いているのです。

今年も終戦の日がやってきます。おおくの御魂が安らかなることを改めてお祈りしたいと思います。

 


 

炎暑にてー

[ 2018-07-23 17:03 ]

連日熱波の襲来で干からび気味の尾張一宮より、お久しぶりです美卯オーナーです。


この度の西日本大水害で被災された皆様には心よりお見舞い申し上げます。

そしてそれに追い打ちをかけるようなこの連日の酷暑!!!
先日被災地まで泥かきなどのボランティアへ行かれた方のお話を聴く機会がありましたが、暑さのために15分作業しては15分休憩という過酷さをお聴きして思わず絶句してしまいました、、、。
被災地の皆様とボランティアの皆様の体調が気懸かりでなりません。一日も早いライフラインの完全復旧と生活の復興を願うばかりです。

そしてこの暑さは私にも思わぬ事を引き起こしてくれました。
先々週、梅雨明けしたばかりで急激に眩しく暑くなった日の昼下がり、所要からの帰りに信号待ちをしていたところ、
後ろから走ってきた宅配バンに追突されてしまいました、、、(-_-;)

お蔭様で私に外傷はなく(愛車は入院しましたが―)一応大丈夫?、、、かな?
ですが、今までなかった頸椎の異常感が時々あるのでしばらくは治療とリハビリが必要なようです。

今だ終わる気配のないこの異常な暑さは正常な判断力を奪うので熱中症のみならず、自動車運転の際は皆様くれぐれもご用心くださいませ。
自戒を込めて―。


 

糸 ねこ 写真二人展

[ 2018-06-16 14:04 ]

気が付けば6月も折り返し地点を過ぎました、梅雨時の寒暖差に喉をやられた美卯オーナーです(^^ゞ


今朝一番に我が写真の師匠である末松グニエ文さんと小森正孝さんの写真二人展へ(会場一宮市三岸節子記念美術館)。
末松さんは地元の繊維産業、特にションヘル織機というとても繊細で美しい織物を織る織機や紡績を長年取材されている写真家です。
小森正孝さんは猫を追って日本中を旅する写真家で、末松さんと小森さんは学校の同級生とか。

糸(繊維)とニャンコという異色の組み合わせの写真展ですが、どちらもとても見応えがあります。

私たちは織物と言っても完成品の美しい洋服や布しか普段見ることがありませんが、末松さんの作品からは作り手がどの様な人となりであり、どの様な場からその美しさが生み出されてくるのか、その“現場”を感じることができます。


小森さんは今日初めてお会いしたのですが、作品から感じられる温かな猫たちへの眼差しそのままの優しくユーモアのある方です。美しい自然の中で野性を失わず伸び伸びと生きている猫の姿にとても癒されました。
会場には猫と同じポーズをとって写真を撮ろうというコーナーもあって楽しい企画になっています。
↓はわざわざ小森さんご本人ががポーズをとってくれました☺

展覧会は明日17日(日)15時までー
お急ぎ下さいませ!